FFT アナライザを使って振動測定をする主要な目的の1 つは、固有振動数を求めることで
す。本シリーズの「振動の基礎」(No22~No25)の項目でお話したように、固有振動数を
評価するために求める伝達関数(周波数応答関数、FRF)の位相情報が重要な判断材料に
なる場合があります。今回は、周波数応答関数を求めないで、1ch のデータから位相情報を
使って、簡易的にピークの周波数点が固有振動数であるか否かを判断する1 つの方法をお
話します。
まず、「振動の基礎」の復習から初めます。ここでは、「振動の基礎-2」から引用してい
ます。
-
図 1 1自由度減衰振動系に外力が加わった例
図1において、正弦波状の力(調和加振力)f(t) が加わりその時の質点の変位をx(t) とす
ると、その運動方程式は
mx(t) + cx(t) + kx(t)= F cos(ω t)
初期の過渡振動が消えた定常状態での応答変位は
................................. (2)
この時の 振幅倍率 は
X st = F /(k 静的な変位)、変位振幅をXとおくと、
................................. (3)
また、位相角φは、
................................. (4)
ここで、
固有角振動数
................................. (5)
固有振動数
................................. (6)
減衰比
................................. (7)
減衰固有角振動数
................................. (8)
式(4)から、加振力角振動数が 固有角振動数 と等しい時、位相遅れは90 度(π/2 ラジアン)
であり、それより大きくなると位相遅れは180 度(π ラジアン)に近づいていきます。
図2は、式(3)の振幅倍率と式(4)の位相遅れ(ここでは遅れを負の大きさとしている)を
図示したものです。このように、両グラフとも、その形状は 減衰比 ζ の値に依存すること
がわかります。
-
図2 1自由度減衰系の強制振動における振幅と位相
また、図 3 は、振幅倍率を対数表示したグラフです。
-
図 3 減衰比ζ による振幅倍率の違い
このように、コンプライアンス(加振力に対するその応答変位の伝達関数)の位相は、固有振動数(共振点)の前後で大きく変化します。すなわち、固有振動数よりより低い振動数領域では、復元力(kx(t))の寄与が卓越して、より高い振動数領域では、慣性力(mx(t))の寄与が大きくなり、固有振動数付近では、復元力と慣性力が釣り合った形となり、粘性抵抗力(cx(t))だけが寄与した領域となります。これを、コンプライアンスの位相で考えると、固有振動数よりより低い振動数領域では、変位は力と同相、より高い振動数領域では、加速度が力と同相(すなわち変位では力より180 度位相が遅れる)、固有振動数付近では、速度と力が同相(すなわち変位では力より90 度位相が遅れる)となり、図2 の位相のグラフのような形状となります。
この知見を利用して、伝達関数を計測してそれから固有振動数を判断する方法は、以下で
す。
- 計測された伝達関数から幾つかのピーク周波数をみつける
- 同時に計測したコヒーレンス関数で、それらの点のコヒーレンスがほぼ1 である(少なくとも0.9 以上)であることを確認する。
- それらの点の位相の回り(遅れ)が180 度となっていることを確認する。
(注意1)通常は0~-180 ですが、180~0 の場合もある
(注意2)周波数分解能が粗い場合は、確実に180 度回らない場合がある
正しく伝達関数が計測できる場合は、上記の方法で確認できますが、加振力が得られず、
応答振動波形1ch しか計測できない場合について考えます。
-
図4 ワークを加振して求めた振動応答波形(上図の(b))
例として、図4 の(b)に示すような、振動応答時間波形が得られたとします。本来ならば、加振した衝撃波形データ(上図の(a))も収録して伝達関数を計測してゲインと位相情報から、固有振動数を評価するのが通常のやり方ですが、ここでは、(b)の振動応答時間波形の1ch データだけしか得られない場合を想定します。
図4(b)のデータをFFT して、フーリエスペクトルの振幅と位相を求めたグラフが図5 で、ここでは、おのおの、振幅スペクトル(図5 の(a))と 位相スペクトル(図5 の(b))と呼びます。(a) の振幅スペクトルを確認しますと、固有振動数の候補らしくピーク点がいくつか見られますが、この点に関して、(b)の位相情報もチェックしてみます。
-
図5 振動応答波形のフーリエスペクトル
(a):振幅スペクトル、(b):位相スペクトル
さて、位相に関する基本的な知見ですが、1ch 時間波形のフーリエスペクトルの位相とは、各周波数成分における余弦波での初期位相を表しており、ある時間遅延がある場合(ここでは、FFT 時間窓の切り出しのタイミング)は周波数に比例してどんどん遅れていきます。
上図(b)で説明しますと、縦軸は±180 度(このグラフでは余裕をみて±200 度)表示ですから、のこぎりの歯のように右肩下がりで位相は遅れているのが分かります。単に時間遅れだけであるならば、ほぼ直線的に(横軸の周波数に比例して)遅れていくだけですが、よくみると、何か所かで、その直線遅れが乱れていることが見て取れます。
ここで、分かりやすいように、加振した力の衝撃波形(図4 の(a))の位相スペクトルも求めて比較したのが、図6 です。上図(衝撃波形の位相スペクトル)の方が、ほぼ直線的に位相が遅れている(すなわち、周波数にかかわらずほぼ一定の遅延時間)のが理解できます。これら、2つの位相スペクトルを減算することにより、近似的に2ch の伝達関数の位相を求めることができます。実際的な算出方法は、2ch のフーリエスペクトル(複素数データ)の比(除算)を行ったものが、図7 です。
先に説明したように、固有振動数の付近で位相が180 度遅れて、そして必ず固有振動数点で位相が90 度遅れ位相の遅れ変化が最も大きい点であることを見ることができます。
これらの知見から、図5(あるいは図6)における応答振動波形の位相スペクトルを横軸の
周波数軸で微分してやることにより、位相の変化状況を得ることができます。
-
図6 位相スペクトルの比較
上図:衝撃波形の位相スペクトル
下図:応答振動波形の位相スペクトル
-
図7 2ch のフーリエスペクトル(複素数データ)の比の位相
-
図8 衝撃応答波形のフーリエスペクトルの位相データを微分した結果
図8 は、図4 の位相スペクトルの数値データをMicrosoft Excel© により周波数で微分(実際には差分演算で縦軸の絶対値は意味がない)した結果のグラフで、振幅スペクトルのピーク点での周波数は、位相遅れの傾き(微分係数)が負で最も大きくなる点(位相遅れが-90 度となる点)とほぼ一致していることを示しています。このことにより、これらの周波数点が、固有振動数であることが理解できます。ただし、この例では、3.3 kHz 付近の反共振点では、誤差が大きく間違って検出されています。
また、図8 において、負のピーク点での数字(赤)は、図9 におけるリストのNo を表して
います。
-
図9 2ch のフーリエスペクトル(複素数データ)の比の振幅とそのピークリスト
最後にまとめです。
- 1自由度振動系で実測された伝達関数において固有振動数は、ゲインが極大(ピーク)点で、その位相は、180 度位相が遅れます。
- 衝撃応答の時間波形しかデータが得られない場合、そのフーリエスペクトルの位相情報から、その固有振動数を推定できることができます。
【キーワード】
調和加振力、振幅倍率、固有角振動数、固有振動数、減衰比、コンプライアンス、減衰固
有角振動数、復元力、慣性力、粘性抵抗力、振幅スペクトル、位相スペクトル
【参考】
長松昭男著「モード解析入門」コロナ社(1994 年)
(2017年5月23日発行メールマガジンより抜粋)