前回は、FFT アナライザにおいて最も重要なかつ最も実用的な価値の高い「伝達関数」についてお話しました。今回は、その伝達関数の推定精度の指標としてよく用いられるコヒーレンス関数についてお話します。コヒーレンス関数は、系から出力される全体の信号成分と系へ入力した信号に基づく信号成分のパワーの比率を表していて、出力信号にどの程度雑音信号が混入しているかがわかります。
さらに、前回説明した伝達関数の定義以外のその他の定義に関して説明して、それらとコヒーレンス関数との関係などをお話します。
前回と同様に、図 1 で伝達系 h(t)に入力信号 x(t)を加えた出力を v(t)とし、それに外乱ノイズ n(t)が重畳した例を考え、その出力を y(t)とすると;
y (t) = v (t) +n (t)
式(1)のフーリエ変換は;
Y ( f ) = V ( f ) + N ( f )
ここで、図 1 において v(t)は系の出力ですから;
式(3)のフーリエ変換は;
V ( f ) = X ( f ) H ( f )
となります。すなわち、式(4)は、v(t)は外乱ノイズに影響を受けないで入力 x(t)にだけ依存した信号となることを表しています。ただし、現実には、実測できるのは x(t)と y(t)であって、この v(t)を実測することはできません。
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図 1 出力に外乱ノイズが加わった伝達系の例
次に、v(t)の信号の強さすなわちパワースペクトルは;
前回説明したように、実測値 x(t)と y(t)からの求めた伝達関数の推定値は;
ですから、式(5)に式(6)を代入すると;
となります。
この v(t)のパワースペクトルと全出力信号 y(t)とのパワースペクトルとの比を取ることにします。この比は、振幅の 2 乗の次元を持つので、γ 2 xy ( f ) とすると;
となり、実測できる入力信号 x(t)と出力信号 y(t)から算出できます。式(8)は、入力信号にだけ依存した信号(位相的に干渉性がある成分)のパワーと全出力信号パワーの比ですので、コヒーレンス関数(関連度関数)と呼ばれます。
図 1 において、コヒーレンス関数の値は、外乱ノイズが全くない場合は1、入力に依存した信号 v(t)が全くない場合は 0 となるので、明らかに;
0 ≤ γ 2 xy ( f ) ≤ 1
となります。
式(8)でコヒーレンス関数は、前回の伝達関数と同じく、平均化されたスペクトルから求めることができます(図 2)。
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図 2 FFT アナライザでの伝達関数とコヒーレンス関数推定計算の流れ
コヒーレンス関数が1より小さくなる主な原因は;
- 出力系に外乱ノイズが混入する場合
- 系が非線形の場合
- 出力の応答が時間窓長より長く漏れ誤差が生じる場合
- 出力の応答に極端な時間遅延が有る場合
などが考えられます。
さて、伝達関数の通常の計算式は式(6)ですが、定義式の両辺に出力のフーリエスペクトルを掛ける事により、次式の計算式の伝達関数も考えられます。
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(注意)上付きの*は、複素共役を意味します。
式(6)での推定方法を H1推定、式(10)での推定方法を H2推定と呼びます。 あらためて、両方式の定義式は下記です。
H1 推定は、主に出力に多くの外乱ノイズを含む場合や非線形系の線形近似化に適しています。それに対して、H2 推定は、入力に多くの外乱ノイズを含む場合や共振点での漏れ誤差を少なくする場合に適しています。
ここで、H1 と H2 と比較してみます。伝達関数はゲイン成分と位相成分に分けられますが、まず 2 つの伝達関数の位相はクロススペクトルの位相そのものであり、式(11)と式(12)から明らかに両者は等しくなります。次にゲイン成分の比を考えます。
となります。すなわち、H1 と H2 の両伝達関数の比はコヒーレンス関数になります。式(9)から明らかに、2 つの伝達関数のゲインの関係は;
となります。コヒーレンス関数が低下すれば、H1 と H2とのゲイン差が大きくなり、1 の時両者は一致します。
さらに、伝達関数のゲインを推定する直接的な方法は、入力信号 x(t)と出力信号 y(t)の2 つの実測信号のパワースペクトルの比で近似することですから、伝達関数の位相を θ(f)とすると、推定伝達関数は;
式(15)の推定方法 HV 推定と呼びます。位相はクロススペクトルの位相と等しいので、位相成分の部分を書き直すと;
と定義できます。
ここで、HV、H1、H2の3つの伝達関数のゲイン推定値の関係を求めます。
H1 と HVのゲインの 2 乗比をとると;
と、コヒーレンス関数に等しくなります。式(13)と式(17)とを比較することにより;
これより、HV のゲインは、H1 のゲインと H2 のゲインとの相乗平均(対数では相加平均)に等しいことがわかります。
式(14)と式(18)から;
となることがわかります。ここで、等号が成り立つのはコヒーレンス関数が 1 となるときです。
一般に、H2推定は、過大評価ぎみ、H1推定は過小評価ぎみとなり、HV推定が最も真値に近いだろうと思われますが、理論的に明解なことや、出力にノイズが加わるモデルが多くあることを考慮して、かつ、コヒーレンス関数も必ず同時に計測することにより、実際のほ
とんどの計測事例では、H1推定による伝達関数計測で充分でしょう。
さて、話しをコヒーレンス関数に戻して、その応用例を述べます。
第 1 に、伝達関数の推定精度のチェックに利用できます。コヒーレンス関数が 1 未満の時、
ノイズに汚染されている、非線形、漏れ誤差の影響などが考えられます。
第 2 に、寄与度パワー算出です。出力のパワーのうち、どれくらいが入力に関係したパワ ー成分(コヒーレントアウトプットパワー、COP)かを求めることが出来ます。
第 3 に、SN 比の算出です。
図 3 と図 4 は、FFT アナライザで共振系を含むローパスフィルタの伝達系の伝達関数と
コヒーレンス関数の実測例した例で、両図とも;
上段:H1推定の伝達関数
中段:H2推定の伝達関数
下段:コヒーレンス関数
です。図 3 の例では、周波数分解能が不足していて共振点付近で漏れ誤差が出ており、コヒーレンス関数が低下しているのがわかります。図 4 の例では、周波数分解能を 8 倍にアップして計測することにより、H1 推定でもほぼ正し共振点の値を示しています。また、
半共振点の付近では、H2推定が過大に評価されていることがわかります。
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図 3 共振点で漏れ誤差が出ている例 Δf:100 Hz
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図 4 共振点で漏れ誤差が解消されている例 Δf:12.5 Hz
最後に、まとめです。
- 系から出力される全体の信号成分と系へ入力した信号に基づく信号成分のパワーの比率をコヒーレンス関数と呼び、伝達関数の推定精度のチェックに利用できます。
- コヒーレンス関数は、伝達関数と同じように、平均されたパワースペクトルと
クロススペクトルの実測値から算出できます。 - コヒーレンス関数は入力と出力のパワーで規格化した関数ですから、その値は 0から 1 の間の値となります。
- コヒーレンス関数が低下する主な原因は、ノイズが乗っている、非線形、漏れ誤差、時間遅延がある、などが考えられます。
- 伝達関数の推定方法は、H1推定、H2 推定、Hv推定などがありますが、コヒーレンス関数と同時に求めそれが 1 に近くなるように計測することで、現実的には H1 推定で充分です。
- コヒーレンス関数のその他の利用例としては、出力のトータルパワーで入力に関係したパワー成分だけを求める、SN 比の算出などがあります。
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伝達関数、コヒーレンス関数、関連度関数、非線形、漏れ誤差、H1 推定、H2 推定、HV 推定、寄与度、コヒーレントアウトプットパワー、COP、SN 比
【参考資料】
- 「ディジタルフーリエ解析(2)-上級編-」城戸健一著 コロナ社(2007 年)
- 「音・振動のスペクトル解析」金井浩著 コロナ社(1999 年)
(2014年11月20日発行メールマガジンより抜粋)