基礎からの周波数分析(25)「振動計測の基礎その4」において、減衰比に関するお話をした際に対数減衰率法に関して説明しました。そこで、その対数減衰率を算出する方法として、ヒルベルト変換を使って減衰自由振動波形の包絡線から求める方法を紹介しました。
今回は、そのヒルベルト変換についてお話します。
一般に、我々が観測できる時間信号は、実信号です。ここでは、簡単のために、正弦波状の関数x(t)を考えます。
x(t)=Acos(ωt)=Acos(θ)
(1)式の実信号x(t)の値は、振幅Aと角周波数ωが時不変であれば、時間変数だけで決まり、フーリエスペクトルで簡単に求めることができます。
次に、両方とも時間によって変化する場合(下記の(2)式)
x(t)=A(t)cos(ω(t)t)=A(t)cos(θ(t))
では、A(t)とθ(t)(あるいはω(t))は、時間によって変化する値で、このままでは、どちらが変化して実信号x(t)が変化したのか分かりません。この瞬時振幅A(t)と瞬時位相θ(t)を両方同時に求めるためには、時間信号x(t)が実信号(1つの値だけ持つ)でなく、複素信号(2つの値を持つ)である必要があります。
図1にあるように、正弦波関数は、複素平面上で回転する点P(x,y)のX軸(実軸)上への射影が余弦波、Y軸(虚軸)上への投影が正弦波とみなすことができますので、余弦波から正弦波を作ることができれば、振幅Aと位相θを同時に求めることができます。
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図1 回転するベクトルOPと正弦波関数
点Pを複素関数z(t)で表現すると;
となります。
正弦波関数は、余弦波関数の位相を90°だけ遅延させてやることに求まりますから、実関数x(t)を90°遅延する操作をしてやることにより、複素関数z(t)を求めることができます。この任意の時間関数を90°シフトさせる方法の1つが、ヒルベルト変換です。
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図2 実関数から複素関数への求め方
実関数x(t)のヒルベルト変換)∧x(t)はx(t)と1/πtとの畳み込みで定義されます。
すなわち;
ここで、*は畳み込み(Convolution)で、積分はコーシーの主値積分です。
式(7)の両辺をフーリエ変換すると;
よって、式(8)の両辺を逆フーリエ変換すると;
これらの処理の流れを図示すると、図3のようになります。
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図3 FFTを使ったヒルベルト変換
また、虚数単位
を掛けることは位相を90度(=π/2)進ませることに相当しますから、式(8)と式(9)から、ヒルベルト変換の位相特性は、図4のようになります。
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図4 ヒルベルト変換の位相特性
図2にあるように、実関数x(t)とそのヒルベルト変換を用いて作られた複素関数z(t)を、x(t)の解析信号(Analytic Signal)と呼びます。
解析信号z(t)のフーリエ変換をZ(f)とすると、Z(f)は以下の性質を持ちます(図5)。
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図5 Z(f)の周波数特性
すなわち、Z(f)は負の周波数成分を持たないという性質があります。逆に、この性質を利用するとFFTを使って比較的簡単に、解析信号z(t)を算出することが可能です。
実信号x(t)から解析信号z(t)を求める手順は、以下です。
- x(t)をFFTして、X(f)を求める。
- 式(12)からZ(f)を求める。
- Z(f)をIFFTして、z(t)を求める。
ここまでをまとめますと、ヒルベルト変換を使って解析信号z(t)を作成すると、これから実信号x(t)の瞬時振幅と瞬時位相を求めることができます。
瞬時振幅(包絡線、エンベロープ)
瞬時位相
具体的なデータ例を示します。
図6は、振幅変調(AM)した正弦波のエンベロープを求めた例です。
- キャリア周波数:5kHz
- 変調周波数 :100Hz
- 変調度 :20%
復調したエンベロープ波形からも、スペクトルからも変動度が20%となっていることが読み取れます。
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図6 AM変調波のエンベロープ (左:元の搬送波、中:エンベロープ、右:搬送波のスペクトル)
再掲ですが、図7に、減衰時間波形から解析信号をもとめ、それから瞬時振幅(包絡線)を算出して縦軸を対数表示にして、その傾きから、対数減衰率法により、減衰比を求めた例を示します。
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図7 減衰時間波形と包絡線データから対数減衰率と減衰比を求めた例
瞬時位相が求まれば、それを時間微分することにより、瞬時周波数も求めることができます。
瞬時周波数f(t)は;
となります。
図8は、FFTの時間窓8 msで、125 Hzから100 kHzまで高速にサイン波をスイープさせたチャープサイン信号を解析した例です。X軸が時間、Y軸が周波数の表示で、100 kHzまでリニアに周波数が変化していることがわかります。
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図8 チャープサイン信号の瞬時周波数(上:元の時間波形、中:瞬時位相、下:瞬時周波数)
瞬時周波数を使うことにより、回転変動成分を求めることができます。
その他、ヒルベルト変換の応用としては、系が線形であれば、システム伝達関数のヒルベルト変換の結果は元の伝達関数と等しくなる性質を利用して、系の非線形のチェックに利用されています。
最後に、まとめです。
- 実関数は、瞬時振幅と瞬時位相を同時に求めることはできません。
- ヒルベルト変換を使って実信号を複素時間信号に変換することにより、瞬時振幅と瞬時位相を同時に求めることができます。
- 実関数とそのヒルベルト変換した関数を、それぞれ実部と虚部とした複素関数を、解析信号と呼びます。
- 解析信号は、負の周波数成分を持たない関数です。この性質を利用して、比較的簡単に、実関数x(t)から、その解析信号z(t)を求めることができます。
- 瞬時位相が求まれば、それを時間微分することにより、瞬時周波数も求めることができ、またそれから回転変動情報も得ることができます。
- ヒルベルト変換のその他の応用として、系の線形性のチェックにも使われています。
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【参考】
「ディジタルフーリエ解析(Ⅱ) -上級編-」城戸健一編著 コロナ社(2007年)
(2016年9月26日発行メールマガジンより抜粋)