過去 2 回、残響理論について、式ばかり登場して、堅い話に終始しましたので、今回は、少し柔らかく、Sabine の式の成り立ちを、理論からではなく、残響時間という概念を定式化した当時の実験的なアプローチについてご紹介したいと思います。
残響時間の式は Sabine の式以外にも、より厳密な式を導出した Eyring の式がありますが、遮音や吸音など残響室における材料の音響計測の規格においては、この Sabine の式が用いられます。“K”という定数の他は、室容積、室表面積、平均吸音率の 3 つのパラメータで簡単な式で表わされる利点があるためです。さて、この Sabine の式は、名前のとおり Sabineが導いたわけですが、それは前回までに示した理論からではなく、Sabine は実験によってこの 3 つのパラメータが室内の音の響きの長さに起因していることを見出しました。
1895 年、Harvard 大学に新しいアートミュージアム(Fogg Art Museum)がオープンしましたが、同時に竣工したレクチャーホールは、残響が長すぎてスピーチの明瞭度が極めて悪いことで評判を落していました。これに対処するため、当時の学長が助教授であった 27 歳の Sabine に調査を命じました。Sabine は、まず、演者の言葉の終わりが、室内に残って聴こえなくなるまでの時間を測ってみました。それは 5.5 秒もあり、その時間は 12 ~ 15 words話すのに十分な時間であり、言葉が次から次へと重なって明瞭度が悪くなっていることが分かりました。Sabine は、室内の響きの長さが、クッションのような柔らかい材料によって短くなるという経験知から、大量のクッションをホールの中に持ち込んで、その量(クッションを敷いた長さ)と短くなった響きの関係を見極める実験を試みました。
実験結果は、次ページ図1に示すようにクッションの長さと響きの長さ(逆数)は一定の関係にあることが見出されました。音源は 512 Hz の音がでるパイプオルガンのパイプを利用し、一定の音量を出すためにコンプレッサーから空気を送って音を出し、音を止めた後、聴こえなくなるまでの時間をストップウォッチで測るという計測でした。
お気づきのように、それでは暗騒音が一定でないと測定値は信頼できないと考えられます。Sabine のチームは、夜中の外部騒音がないときに何度も測定を繰り返したようです。この類の実験を、教室など様々な空間で行い、響きの長さが、室容積と吸音力(現在は等価吸音面積という呼び方をします。吸音力は、室の総表面積に平均吸音率を乗じた値)で決定されることを見出しました。
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図1 吸音と残響時間の逆数の直線的な関係
Sabine は、その後、現在も音響的に 5 本の指に入るといわれるボストンシンフォニーホール(小澤征爾氏が 2002 年まで、30 年近く音楽監督を務めたアメリカ屈指のオーケストラ・ボストン交響楽団の本拠地)の音響設計を任され、予測した残響時間どおりの値を実現してみせました。その後 100 年以上にわたって、この残響時間という指標は、変わらず室内の音響性能を示す最も基本的で重要な指標であることに変わりありません。
さて、この世界でいわゆるトップ 5 と称されるコンサートホールは、このボストンシンフォニーホールを含め、いずれも 19 世紀の後半に建設されたホールです。ちなみにニューイヤーズコンサートで有名なウィーンのムジークフェラインスザールも、その1つです。
この分野では、皮肉としてよくいわれる話として、残響理論が確立される前に建設されたコンサートホールが、現在においても最も音響が優れたホールであり、サイエンスとしての室内音響はプラクティカルには貢献していないという文脈で語られることがあります。しかし、これらの建物は、淘汰の末に残ったきわめて優れたホールであり、その後、様々な室内音響研究の成果を反映したコンサートホールやオペラハウスが建設されており、19 世紀後期のコンサートホールの音響に劣らないホールは、世界中に数多く建設されています。音響の良し悪しの話をすると、紙面が何枚あっても足りないほど、様々な側面からの議論が必要になりますので、この辺りにとどめておきます。
いずれにしても、残響時間はホールの音響を語る上で最も重要で、信頼できる物理指標ではありますが、同じ残響時間であっても評価が極端に異なるホールもあれば、評価の高いホールでも場所(座席)によって、音がよくない席をゼロにすることは難しいことです。残響時間は、拡散音場を前提としているので、室内に一つしか定義され得ず、この差を測ることはできない指標です。
このように残響時間だけではホールの音響設計は十分ではなく、現在のコンサートホールの音響設計では、室内音圧分布や初期反射音と後部拡散音のエネルギー比(音の明瞭性、分離性)、さらに両耳に入る信号を用いた「音に包まれた感覚」と相関の高い物理指標など、様々な指標を用いて設計されています。
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- 参考図書:“The Physics of Music”Alexander Wood,Davies Press 2008 年
- 図1は,上記図書 Fig13.1 を参考に作成。
(2010年8月26日発行メールマガジンより抜粋)