これまでのシリーズは、「デジタル計測の基礎」、「信号処理の基礎」、「波形とFFT」、「振動解析」について 90 話におよんで綴られてきました。音響・振動分野の信号処理の話をベースに包括的な情報をご提供できたのではないかと思います。
今月からは新たに少しアプリケーションに寄った話を展開していきたいと考えております。
できるだけ教科書の理論を噛み砕き、それに対応する計測現場におけるノウハウや実際の現象とを関連付けながら話を進めていければと考えております。「音の基礎の基礎」からスタートすることになりますが、これまでどおりお付き合い頂ければ幸いです。
音は、JIS Z 8106 音響用語に、「音波またはそれによって引き起こされる聴覚的感覚」とあり、物理現象としての音と、感覚としての音の両面があることが定義されています。
一般的には、いい音、いやな音、また、大きな音、高い音など、感覚的な音の意味合いで使われることがほとんどだと思います。音は、その音自体の意味や意義、音がもたらす結果などから図1に示すように3つの属性があると言われています。
JIS Z 8106音楽用語
音の定義:音波またはそれによって引き起こされる聴覚的感覚
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図1 音の属性
音の『社会性』においては、負の側面として騒音の問題があります。騒音の代表格である交通騒音(道路交通、鉄道、航空機)は、騒音問題が激化した 1960~70 年代からの 30~40年間で、それぞれ音源の対策が行われ、騒音源のレベルは劇的に低減されました。しかし、人々の騒音に対する厳しい評価はその変化に比べほとんど緩和されていないことが報告されています。同様に、音が問題になりやすい集合住宅においても、最近は、高気密高遮音住宅が多くなり、外部騒音の遮音対策はかなり改善されていますが、相変わらず音の苦情が、入居後もっとも多いクレームの一つと聞きます。このような背景から、近年の騒音問題はバランストアプローチの対応へシフトしてきています。後々の回で触れたいと思いますが、突出した騒音源(emission)の対策はほぼ収束し、昨今の関連学会では、騒音が伝搬する経路(transmission)や、騒音を受ける場(immission)、その場に存在する他の騒音との関係(masking)なども含め、総合的なアプローチの必要性が議論されています。
同じく『文化性』においては、正の側面として音楽、言語によるコミュニケーションがすぐに想起されます。また、室内空間や工業製品の音創りの領域もこのカテゴリーに入るでしょう。最近は、自動車のエンジン音も、単に騒音として静粛性を追求するだけでなく、いかにコンセプトに相応した快適な音を創るかがテーマになっています。家電では掃除機など「静音化」が進んでいますが、さらに「快音設計」という新たなアプローチで、モノが発生する音に価値を持たせる方向も模索されています。
『情報性』においては、他の2つの枠組みに比べ、ややニュートラルな性質として、注意の喚起を含め、音が出来事を人に伝達する情報として使われる場合です。例えば、直接的には、時の鐘や車のクラクションがこれに相当します。間接的には、工業製品の機構部から発生する音があります。例えば洗濯機や食洗器などは、一定の稼動時間の中で様々な音を発生します。直接的な報知音(完了などのサイン)以外に、音で稼動状態が把握できるという面もあります。
Donald A Norman は、近著「未来のモノのデザイン」で下記のように述べています。
「すべてのものが防音され、緩衝材が付けられ、消毒されていたら、我々はもはや本当の危険に気がつかないだろう。テクノロジーの発達は、人をある種のリスクから遠ざけ、それが結果として新たなリスクへとつながる。」
やや横道に逸れましたが、今後の機械音の扱いは、静音化だけの方向ではなさそうです。
もう一点、音の『情報性』として重要なことは、異変の信号となることです。通常と違う音(異音)がした場合、故障の予兆として、音でその情報を提供しているわけです。
音は、このように様々な側面があり、騒音としての評価は個人差が大きい(時には正反対になる)ことも特徴です。文化的属性、情報的属性に入る音であっても、人によっては騒音という負の要素と捉えることもあるでしょう。今後、ものづくりにおいても、環境づくりにおいても、QOL(Quality of life)の向上を目指す上で、音が果たす役割は小さくないと思われます。快適な音環境の実現という大きな目的に向かって、音のプロフェショナルは、物理的な側面とともに、音波によって引き起こされる『聴覚的感覚』にもしっかりした視点をもった複眼的なアプローチが求められると思います。
感覚としての音は、またタイミングを見て扱うこととし、次回から、計測の対象となる物理的な音の基本的な性質から話をはじめたいと思います。
では、また次回宜しくお願いします。
(2009年4月23日発行メールマガジンより抜粋)